人材派遣や各種アウトソーシング事業を手がけるエスプール(東京都中央区、代表取締役会長兼社長:浦上壮平氏)が、アジアの飲食市場をターゲットに日本の飲食店の海外進出支援事業を開始した。6月24日には「アジアのデトロイト」と呼ばれ、自動車を中心に製造業のハブとして成長を遂げてきたタイのバンコクで、日本風の宅配ピザ店「いしだ家」を開店。これを足掛かりに、成長の見込まれるアジア市場で事業を積極的に広げていく意向だ。
日本の食文化伝える
日本の食文化をアジアの人々に正しく伝えたい――。エスプールのタイ事業を率いる荒井直氏は、同社にとって新規事業であるアジアでの取り組みについて、その狙いをこう強調する。
エスプールは1999年の設立で、人材派遣や物流向けアウトソーシング事業などを行なってきた。一方、2011年には同社初の海外拠点であるエスプール・バンコクを設立。高い経済成長率と巨大な人口を誇るアジアで新たな事業に踏み出している。
エスプール・バンコクは日系企業向けに進出支援サービスを提供するほか、自ら事業への投資も行なう。投資の第1弾として、日本のピザチェーンでの豊富な経験を持つ石田雅一氏とタッグを組み、バンコクに日本風の宅配ピザ店「いしだ家」をオープン、日本人が多く集まるスクンビットエリアでデリバリーサービスを開始した。
出店の背景には、バンコクでは外食産業が隆盛を極める半面、調理済み食品を家庭で食べる「中食(なかしょく)」の市場が十分に発達していないことがある。さらに日本風ピザのデリバリーという業態がなかったことも大きい。イタリア料理店などでピザは提供されているものの、明太子やもち、テリヤキチキンなど和風の食材を使ったり、厚手で食べ応えのある生地を使用する日本風ピザはこれまで例がないという。
そこで、「いしだ家」では日本語による電話対応、注文から30~40分での宅配、日本テイストのピザの提供というバンコクではまだ新しい手法で市場開拓に乗り出した。
中間層・富裕層の増加に期待
いしだ家事業では、まず日本人をターゲットにしながら、徐々にタイ人やほかの国の人にも浸透を図りたい考えだ。タイの在留邦人数は2011年10月時点で約5万人、うち約3万6000人がバンコクに暮らす。日本の外務省によると、都市別の在留邦人数でバンコクは、ロサンゼルス、上海、ニューヨーク、ロンドンに次いで世界5位につけるなど、日本人が多いのだ。
その上、経済成長を続けるタイでは個人所得の伸びを受け、中間層や富裕層が増えているほか、先進国の食文化やライフスタイルが入ってきており、日本風のピザが受け入れられる土壌ができている。
荒井氏は、「最近では日本を訪問するタイ人も増えており、本物の日本料理とそうでないものの差を知る層が出て来ている」と説明する。そのため本物の日本の味を、日本流のしっかりしたサービスで提供することにより消費者への訴求を図りたいという。
7月だけでピザ1千枚を販売
一方、いしだ家には課題もあった。当初、店舗は順調に確保できたものの、工事が遅れたほか、タイと日本の気候の違いからピザ生地の調合に苦労した。ピザを焼くオーブンも現地では調達できないものだったため、日本から輸入。日本風のおろし器具など調理器具が現地で手に入らなかったケースもあった。
だが課題がありながら、いしだ家は順調な滑り出しをみせている。6月のオープン以降、注文は伸び続け、7月単月だけでピザ1,000枚を売り切ったのだ。
「週刊WiSE(ワイズ)」といった現地の日本語フリーペーパーに広告を出すなどして在留邦人への認知を広げているほか、ブログや口コミベースでもいしだ家の情報が広がっている。
いしだ家のピザは「和風シーフードピザ」Mサイズが1枚460バーツと、現地の物価からするとやや高めだが、その味わいや便利な宅配サービスにより顧客をつかむことに成功。バンコクにはこれまでなかった日本流の宅配ピザというニッチなスタイルが在留邦人を中心に消費者をひきつけている。
食材については、バンコクには日本食スーパーや日本の食品を扱う卸売業者が既に展開しているため、現地調達できているという。
また、渋滞の多いバンコクでも、規定時間内の配達を実現していることが好調な事業展開の一因だ。これを後押ししたのが、タイのメッセンジャー文化。タイではバイクで書類などを運ぶメッセンジャー・サービスが一般化しているが、いしだ家はバンコクの地理に詳しいメッセンジャー経験者を複数採用した。経験豊富なドライバーが小回りのきくバイクで配達することで、規定時間内での配達が可能となっている。
エスプールは今後、いしだ家の店舗を3~5拠点まで増やしたい意向。同時に、「第2のいしだ家」となる進出案件を年内に1件、2014年には4~5件手掛けたいとしており、日本の中小外食企業のアジア展開をサポートしたいとする。
「成長している場所でチャレンジしたい」(荒井氏)というエスプール。同社のアジアにおける飲食関連事業はさらに加速しそうだ。
(取材=巣内 尚子)