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編集長コラム

ガラパゴス化する日本のキャッシュレス。東南アジアの屋台すら導入する「国策QR」の全貌と、日系飲食店がアップデートすべき“決済の価値観”

PROFILE

菅野 壮紀

菅野 壮紀(かんの たけのり)
APPLILAB SINGAPORE CEO 飲食業界向けITソリューションを提供するAPPLILAB SINGAPOREのCEO。 シンガポールを拠点に、東南アジアを中心とした世界の飲食トレンド、Food Tech、店舗経営の最前線を定点観測している。 現地のリアルな事情に精通し、日本の飲食企業が海外の知見を取り入れるための架け橋として活動中。 https://applilab.sg/


飲食業界の最前線を走るみなさん、こんにちは。フードスタジアム・海外特派員ライターの菅野です。

近年、日本の飲食業界でもキャッシュレス化が急速に進みましたが、経営者のみなさんを常に悩ませているのが「決済手数料」の存在ですよね。
売上の3%〜5%が手数料として引かれる現状に、「これがなければ、どれだけ利益が残るか……」とため息をついたことのある方も多いのではないでしょうか。

しかし、一歩日本の外、特にカンボジアやベトナムなどの東南アジアに目を向けると、信じられない光景が広がっています。
「QRコード決済の手数料がほぼ0%」、あるいは完全に無料という国が珍しくないのです。

今回は、なぜ東南アジアでは決済手数料をゼロにできるのか、そしてなぜ日本ではそれが不可能なのか。
さらに、みなさんが東南アジアへ進出する際に直面する「決済と税金」のリアルな価値観と、絶対に手を出してはいけないリスクについて、現地の熱気とともにお届けします。



## 驚異の「手数料0%」。東南アジアのキャッシュレス事情

東南アジアの主要都市(プノンペン、ハノイ、ホーチミンなど)の飲食店を訪れると、路上の屋台から高級レストランまで、ほぼ100%の確率で「QRコード」が設置されています。

カンボジアの「KHQR」や、ベトナムの「VietQR」といった国が主導する統一QR決済ネットワークの普及率は凄まじく、現金を持ち歩く必要がほとんどありません。
そして驚くべきことに、これらの決済において【店舗側が支払う手数料は「無料(0%)」が基本】です。

日本の飲食店が毎月数十万〜数百万円の決済手数料をカード会社や決済事業者に支払っている中、彼らはそのコストが完全に浮いている状態です。
この差は、営業利益率に直面する飲食店にとって決定的なアドバンテージとなっています。



## なぜ「0%」が可能なのか? 東南アジアの仕組み

なぜ東南アジアでは手数料を無料にできるのでしょうか。理由は大きく分けて3つあります。

### 1. 国家主導の「中央銀行ネットワーク」

東南アジアのQR決済の多くは、民間企業ではなく「各国の中央銀行が構築した次世代の決済システム」を基盤にしています。
例えば、カンボジア中央銀行が開発したブロックチェーン技術ベースの「Bakong(バコン)」がその筆頭です。
銀行間の送金・決済システムを国がインフラとして直接提供しているため、クレジットカード決済のような「何重もの中間業者(イシュア、アクワイアラ、国際ブランド)」が存在しません。
これにより、極限までコストを削ぎ落とすことができるのです。

### 2. 「銀行口座直結」による与信コストの撤廃

クレジットカードは「一時的な借金(ツケ)」であるため、ユーザーの審査(与信)や、貸し倒れリスク、不正利用の補償コストが手数料に上乗せされます。
一方で、東南アジアのQR決済は基本的に「即時口座引き落とし(デビット型)」です。口座にあるお金が瞬時に移動するだけなので、与信の手間もリスクも発生しません。

### 3. データビジネスと囲い込み

手数料を無料にしてでも、ユーザーのお金の流れ(データ)を把握し、自社の銀行口座にお金を滞留させる方が、金融機関や国にとっては大きなメリットになります。
決済そのもので儲けるのではなく、その先にある少額融資(マイクロファイナンス)や保険などの金融商品でマネタイズする構造ができあがっているのです。



## なぜ日本で「手数料0%」は不可能なのか?

では、なぜこれを日本で真似できないのでしょうか。
日本の飲食店からすれば、同じようにやってほしいというのが本音ですよね。
しかし、日本には超えられない「3つの壁」があります。

○クレジットカード文化の既得権益と複雑な構造:
日本は長年、国際ブランド(Visa、Mastercard、JCBなど)を軸としたクレジットカードのインフラを作り上げてきました。この複雑な利害関係とシステム維持費がある以上、手数料を劇的に下げることは構造上困難です。

○「ポイント還元」の呪縛:
日本のキャッシュレス決済の原動力は、ユーザーへの「ポイント還元」です。
このポイントの原資はどこから出ているかというと、店舗が支払う「決済手数料」です。
ユーザーが「お得」を享受する裏で、飲食店がそのコストを負担させられているのが日本の歪な構図です。
東南アジアのQR決済には、このような過剰なポイント還元競争はありません。

○圧倒的な安全・安心へのコスト:
日本は世界一、セキュリティや障害に対する要求が厳しい国です。
「数分間システムが止まった」だけで大ニュースになり、補償問題に発展します。
この極めて高い信頼性を維持するためのサーバー代や人件費が、そのまま手数料に跳ね返っています。



## 東南アジア進出時に求められる「決済の具体的価値観」

もしみなさんが今後、カンボジアやベトナムなどの東南アジアへの出店・海外フランチャイズ展開を視野に入れているなら、決済に対する価値観を日本版からアップデートする必要があります。
現地では、「QR決済の導入=ただの支払い手段」ではなく、「最強の顧客獲得・リピートツール」です。
手数料が無料なのだから、導入しない理由はありません。
それどころか、現地の決済アプリ(Grab Payや現地の主要銀行アプリ)と連動したスクラッチカード機能やクーポン機能を活用し、マーケティングツールとして使い倒すのが現地のスタンダードです。
現金管理の手間やスタッフによる不正の横領リスクを排除できるだけでも、現地のオペレーションにおいては計り知れない価値があります。



## 【警告】税法との兼ね合いと、絶対にやってはいけない「脱法的やり方」

最後に、飲食ライターとして、現地を視察する中で見えてきた「危ういリアル」について、警鐘を鳴らしておかなければなりません。

東南アジアでは、「個人の銀行口座のQRコード」を使って店舗の売金を回収しているケースが散見されます。
法人口座の手続きが煩雑であることや、個人間送金(P2P)であれば手数料が確実に無料だから、という理由で、悪気なく、あるいは意図的にこれをやっている現地オーナーが一部に存在します。
カメラをかざしてみると店名でなく、(恐らく)オーナーの名前が表示されることが稀によくあります。
しかし、これは極めて危険な「脱法的行為(脱税行為)」とみなされるリスクがあります。

現地の税務当局(例えばカンボジアのGDTなど)は近年、ITを駆使した税収確保に血眼になっています。
個人口座に店舗の売上とみられる資金が大量に流入していれば、一発で目をつけられます。

⚠️ 海外進出における最大の地雷は「税務」です。
「現地法人が適正に売上を計上せず、代表者個人の口座でプールしている」と判断された場合、巨額の追徴課税だけでなく、最悪の場合は営業停止や、国外強制退去(ブラックリスト入り)処分が下されます。

「みんなやっているから」「現地のスタッフに勧められたから」という甘い言葉に惑わされてはいけません。
手数料が0%という恩恵を受けるからこそ、決済導線と売上計上は、現地の税法に則って100%クリーンに構築する必要があります。
現地の信頼できる会計士やアドバイザーを必ず挟み、「法人口座に紐づいた正規の商用QR(Merchant QR)」を正しく導入してください。



## まとめ:世界の仕組みを知り、自店の武器にする

東南アジアの「決済手数料0%」は、国を挙げて現金コストを削減し、経済を爆発的に成長させるためのインフラ戦略の上に成り立っています。

日本の高い手数料に文句を言うだけでは何も始まりません。私たち日本の飲食従事者が今すべきことは、世界の決済のトレンドと、その背景にある仕組みを正しく理解することです。そして、もし海外へ打って出るチャンスがあるならば、その超低コストな決済環境を最大限の武器として活かし、クリーンで強固な店舗経営を確立すること。

これこそが、これからの時代を生き抜く飲食経営者に求められる「グローバルな学び」ではないでしょうか。

(フードスタジアム特派員・菅野)

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