飲食店・レストラン“トレンド”を配信するフードビジネスニュースサイト「フードスタジアムワールド」

編集長コラム

【連載コラム】熱気あふれるタイ飲食市場の裏側:日本人が知らない「数字とルールのシビアな現実」

PROFILE

菅野 壮紀

菅野 壮紀(かんの たけのり)
APPLILAB SINGAPORE CEO 飲食業界向けITソリューションを提供するAPPLILAB SINGAPOREのCEO。 シンガポールを拠点に、東南アジアを中心とした世界の飲食トレンド、Food Tech、店舗経営の最前線を定点観測している。 現地のリアルな事情に精通し、日本の飲食企業が海外の知見を取り入れるための架け橋として活動中。 https://applilab.sg/


「微笑みの国」として知られ、親日家も多く、日本食ブーズが根強く支持されているタイ・バンコク。
成長を続ける東南アジアのハブであり、「いつかは自分もこの活気あるマーケットで店を構えてみたい」と夢を描く飲食人は少なくない。

しかし、華やかなローカライズやローカルの熱狂の裏側で、現地の経営者たちは日本とは比較にならないほど厳格な「法規制と数字の壁」と格闘している。
勢いや「なんとかなる」という阿吽の呼吸は、タイの現場では通用しない。

今回は、タイの飲食ビジネスにおいて避けて通れない、POSデータの重要性、厳格化する領収書・経費の実態、そして経営者の頭を悩ませる「雇用制限」のリアルに迫る。

—

1. 勘と経験は通用しない。「POSデータ」が握る生存の命綱

まず大前提として、激しい競争が繰り広げられるタイ市場で生き残る店舗と、早々に撤退する店舗の決定的な違いは「数字の解像度」にある。

日本の飲食店では、いまだにベテランの「勘と経験」頼みの仕入れや人員配置が行われることが少なくない。
しかし、人件費の変動やローカルスタッフの離職率が激しいタイにおいて、属人化した経営は致命傷になり得る。

ここで絶対に欠かせないのが『POSシステムの重要性』だ。
どの時間帯に、どのメニューが、誰によって、どのような客単価で売れているのか。
さらに在庫の回転率や原価の変動をリアルタイムで把握し、次のアクションへ即座に繋げるインフラとしてPOSが機能しているかどうかが、店舗の生死を分ける。
タイの繁盛店ほど、データに基づかない経営は「航海計器のない船で嵐の海に出るようなもの」であることを熟知している。

—

2. 名刺がなければ経費にならない? 厳格化する領収書とパーセンテージ制限

経営の透明化という観点で、タイの税務当局によるルールは日本よりもはるかにシビアだ。

例えば、ビジネス上の会食などで発行される『領収書は、エビデンス(名刺や商談記録など)がセットでなければ認められない』ケースが厳しく運用されている。
単に「飲食代として何名分」と書くだけの領収書は、税務調査で否認されるリスクを孕む。

さらに経営を圧迫するのが、経費管理の厳格さである。
「売上が上がっているから、その分経費も使っていいだろう」という日本的なドンブリ勘定は、タイの厳格なコンプライアンスの前には通用しない。
売上高に対する経費のパーセンテージや計上できる項目には厳密な制限があり、これを逸脱すれば追徴課税などの大きなペナルティに直結する。
この「エビデンスの徹底」と「シビアな数値管理」の緊張感は、これからの日本の現場においても無視できないスタンダードになりつつある。

—

3. 労務トラブルと紛争リスク:ルールのアップデート

こうした厳格化の流れは、税務や経費だけでなく、労務や店舗運営を巡る「紛争リスク」の文脈からも加速している。

かつては現場の雰囲気や口約束で解決していたスタッフとの雇用トラブルも、現代のタイにおいては緻密な法的紛争の火種となる。
労働者が権利を主張する動きや、労務監督官によるチェックが厳しくなるにつれて、店舗側も「言った・言わない」の世界から完全に脱却せざるを得なくなった。

雇用契約、シフト管理、残業代の算出など、わずかなほころびが巨額の罰金や営業停止、ひいてはブランドの失墜に直結する。
「紛争を未然に防ぐためのルール徹底」は、タイで生き残るための必須条件なのだ。

—

4. 外国人起業・就労の大きな壁:タイにおける「4対1」の雇用制限ルール

そして、タイ進出を考えるうえで最も大きなボトルネックとなるのが、労働ビザ(ワークパーミット)と雇用制限の問題だ。

タイでは自国の労働者保護を目的として、外資系企業や飲食店における外国人スタッフの雇用に厳しい制限がかけられている。
その代表例が、「外国人労働者(日本人など)1人に対し、最低4人のタイ人スタッフを雇用しなければならない」という、いわゆる4対1の比率ルールである。

さらに、外国人がタイで就労ビザを取得するためには、会社設立における資本金の要件(日本人1人あたり原則200万バーツ以上の払込資本金等)もクリアしなくてはならない。
「自国の信頼できるスタッフを日本から連れていき、少数精鋭で立ち上げを任せたい」と考えても、この法的要件の壁に阻まれて計画が頓挫するケースは後を絶たない。
現地での採用活動、ローカルスタッフのマネジメント、そして複雑な労働法規のクリアランスは、単に「美味しい料理をつくる」ことの
何倍もエネルギーを消費する、極めて高度な経営判断が求められる領域なのだ。

—

おわりに:タイの現場から、日本の飲食業が学ぶべきこと

タイの飲食店事情を覗き見ると、そこにあるのは「海外出店のロマン」だけではなく、冷徹なまでの「数字と法律の現実」である。

POSデータによる徹底した数値管理、エビデンスを伴う厳格な経費運用、そして労働者保護と「4対1」をはじめとする雇用制限がもたらすシビアな労務環境。
これらは一見すると、現場の自由度を奪う窮屈な制約に見えるかもしれない。

しかし、裏を返せば、そうした荒波をくぐり抜けているタイの経営者やローカル店舗こそが、不確実性の高い現代において最も強靭な「サバイバル能力」を手に入れているということでもある。

日本の飲食業従事者である私たちもまた、国内の慣習に甘えることなく、こうした世界のスタンダードに目を向けるべき時機に来ている。
明日からの店舗運営、そして次の一手を考えるヒントが、タイのシビアな現実には詰まっている。

編集長コラム一覧トップへ

食べログ掲載店募集中

飲食施設の分煙環境整備補助金の取り組み
Copyright © 2019 Food Stadium.,Ltd. All Rights Reserved. All Rights Reserved.