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編集長コラム

「シンガポール1強」の終焉か? 物価高騰の裏で蠢く、隣国マレーシア・ジョホールバルの「荒野のブルーオーシャン」

PROFILE

菅野 壮紀

菅野 壮紀(かんの たけのり)
APPLILAB SINGAPORE CEO 飲食業界向けITソリューションを提供するAPPLILAB SINGAPOREのCEO。 シンガポールを拠点に、東南アジアを中心とした世界の飲食トレンド、Food Tech、店舗経営の最前線を定点観測している。 現地のリアルな事情に精通し、日本の飲食企業が海外の知見を取り入れるための架け橋として活動中。 https://applilab.sg/


東南アジアの飲食シーンにおいて、長年「絶対王者」として君臨してきたシンガポール。
しかし今、その圧倒的な存在感の裏で、地殻変動が起きているのをご存知でしょうか。

現在のシンガポールは、相変わらずの激しい物価高騰の渦中にあります。
家賃の上昇、人件費の高騰、さらには食材費のインフレが重なり、飲食店が利益を出すためのハードルは年々高くなる一方です。
富裕層が集まる国としての魅力は健在ですが、独立資本の中小外食企業や、これから新規参入を狙う日本の飲食プレイヤーにとっては、
まさに「ハイリスク・ハイリターン」の極みとも言える市場になっています。

そんな中、飲食ベンチャーや現地のローカルたちの視線が、にわかに「ある境界線」の向こう側へと注がれています。
シンガポールからジョホール海峡を挟んですぐ隣、マレーシアの「ジョホールバル(JB)」です。



## 圧倒的なコスト差が「国境を跨ぐライフスタイル」を生む

シンガポールとジョホールバルを比較した際、最も衝撃的なのがその「コストパフォーマンス」です。
マレーシアは、家賃、物価、人件費のすべてにおいて、シンガポールよりも大幅に安く抑えることができます。
体感としては、シンガポールの3分の1から4分の1程度のコストで、同等以上の生活や事業基盤を確保できるイメージです。

この圧倒的な経済格差が生んだのが、現地で急速に増えている「クロスボーダー(国境越え)ワーカー」たちの存在です。

彼らは、物価も家賃も圧倒的に安いマレーシアのジョホールバルに居を構え、平日は国境を越えて給与水準の高いシンガポールで働きます。
そして、がっちりとシンガポールドルで稼いだ後、土日になるとジョホールバルの自宅へと帰っていくのです。

「シンガポールで稼ぎ、マレーシアで使う」

この、ある種の経済的ハックとも言えるライフスタイルが、今や現地の賢い労働者たちの間で完全に定着しています。



## 飲食ビジネスの視点:「外貨」をどちらからどちらへ流すか

この状況を、私たち飲食ビジネスの視点で捉え直してみましょう。
ここで最も重要なのは、「売上とコストの通貨をどうコントロールするか」という戦略です。

結論から申し上げますと、「マレーシアで上げた売上を、シンガポールに持っていく」というビジネスモデルは、極めてコストパフォーマンスが悪いと言わざるを得ません。
なぜなら、マレーシア・リンギットで得た利益を、物価も通貨も強いシンガポールへ還元しようとした瞬間、その価値は目減りしてしまうからです。
ジョホールバル側でいくら大繁盛店を作ったとしても、シンガポール基準のコスト(本部の家賃や高給なシンガポール人スタッフの雇用など)を賄うのは非常に困難です。

狙うべきは、その「逆」のルートです。

つまり、「シンガポールで強い通貨(シンガポールドル)の売上を立て、そのバックヤードや仕込み、あるいは生活拠点をマレーシア(ジョホールバル)に置くことで、全体のコストを強烈に削る」という構造です。
あるいは、シンガポールで稼いだ富裕層や労働者が、週末に「リハビリ」のような感覚でジョホールバルに流れ、
そこでシンガポール基準から見れば格安の、しかし現地としては高単価な外食にお金を落とす。
このキャッシュフローの波に乗ることこそが、これからの東南アジア飲食攻略の大きなヒントになります。

Img by Calvin Teo – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1637996による


## 2026年末、歴史が変わる。新鉄道「RTSリンク」の衝撃

「そうは言っても、毎日の国境越えの渋滞が酷すぎるだろう」

そう思われた方は、現地の最新アップデート情報に目を向けてみてください。
これまで両国を繋ぐ土手道(コーズウェイ)は、世界最悪レベルの交通渋滞が日常茶飯事でした。
これが、国境を跨ぐビジネスの最大のボトルネックだったのです。

しかし、この大問題がまもなく解決へ向かいます。

現在、ジョホールバルとシンガポールをダイレクトに結ぶ新たな都市鉄道「RTSリンク(Rapid Transit System Link)」の建設が、2026年12月の開業に向けて最終段階を迎えています。
すでに複数列車を使った高速走行試験にも成功しており、計画は秒読み段階です。

このRTSリンクが開通すると、両国間はわずか「約5〜6分」で結ばれます。
さらに画期的なのは、出発駅の1箇所だけでシンガポール・マレーシア両国の出入国審査が同時に完了するシステム(CIQ施設の一体化)が導入される点です。

これまで数時間かかることもあった国境越えが、東京でいう「一駅分の電車移動」感覚へと激変します。
これにより、人の流れのスピードは爆発的に加速することは間違いありません。

RTSリンクとは



## 「まだ荒野が多い」からこそ、先手を打つ価値がある

RTSリンクの開通を控え、ジョホールバルの駅周辺や中心部では開発が進んでいますが、
一歩足を進めれば、まだまだ手付かずの「荒野」や開発途上のエリアが広がっています。

しかし、飲食業の歴史が証明している通り、インフラが完成し、街が綺麗に整備されてから参入したのでは、
すでに家賃は高騰し、大資本のパイの奪い合いに巻き込まれるだけです。

「まだ荒野が多い」

これこそが、今このタイミングでジョホールバルに目を向けるべき最大の理由であり、チャンスそのものです。

数年後、RTSリンクが当たり前の生活インフラとなり、シンガポールの一大ベッドタウン、
あるいは巨大なサテライト都市としてジョホールバルが完全に覚醒した時、そこにはどんな飲食市場が広がっているでしょうか。

シンガポールの高い購買力を吸い上げながら、マレーシアの圧倒的な低コストの恩恵を受ける。
この二国間の歪み(ギャップ)を突いた飲食ビジネスの可能性は、今まさにピークを迎えようとしています。
アジアでの次なる一手を探る日本の飲食企業にとって、この国境の「荒野」は、一見の価値があるブルーオーシャンと言えるのではないでしょうか。

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