タイでは、COVID-19(新型コロナ)の感染拡大が終息し、日常生活はほぼ戻りつつある。しかし、世界的な感染拡大はいまだに猛威をふるっており、タイ経済の屋台骨の一つである観光産業は壊滅的状態が続いているため、リゾートなどの観光地や観光客によって潤っていた都心部の大型商業施設はいまだに閑散とした状態が続く。
タイに在住する日本人を含めた外国人も多くが帰国した。バンコク中心部、特にスクムヴィット通り周辺の日系飲食店経営者の話を聞くと、タイ人客は戻ってきたけど、日本人のお客さんが戻ってこない。特に接待で利用してくれていた層がガタ落ちだとの声をよく耳にする。
今回インタビューしたのは、去年の8月に日本の福岡県からタイ初上陸を果たした福岡県の居酒屋「照-TERRA-」のタイ現地法人(OTHELLO 076 Co., Ltd.)代表の内川智貴さん。「照-TERRA-」は福岡市の渡辺通と博多駅周辺に2店舗と系列店1店舗を展開する九州料理居酒屋。現在、内川さんはバンコク、スクムヴィット通りのトンローに店を構えるが、トンロー店オープン以来連日満席、顧客のほとんどが日本人の駐在員。しかも、接待需要のお客さんが大半だという。
なぜここまで日本人の集客が可能となったのか。その謎を探るべく内川さんがタイ進出以来やったことについてお話をうかがった。
ータイに進出してまだ1年と聞きましたが、タイに進出するキッカケは何だったんですか。
内川 智貴さん(以下、内川): 日本の会社の代表の奥さんのお姉さんがタイ人と結婚してアリに住んでいたんですが、最初の物件をその方が探してきたのがキッカケです。当時僕はボストンで、会社とは別にラーメン店の出店の手伝いをしていたんですが、タイに店を出すからということでバンコクに呼ばれたんです。それが2019年の4月でそのままタイに住み始めたんです。そして、オープンが8月です。
ータイに来た印象はどうでしたか。
内川: 出店が決まっていたアリの周辺を見たんですが、近くに「花膳」という日本食屋がありまして、そこのお刺身を見て日本と一緒じゃん、こういうお店がやっていけるんだったら、福岡で自分たちがやっているようなちゃんとした日本食もやっていけるねなんて話をしてました。あと、タイ人でごった返してるお寿司屋さんがあったんですが、僕らから言えばこれは寿司じゃないだろって感じで、本物の日本食をやれば絶対大丈夫だろうなと思いました。
ーその後、出店までの苦労などはありましたか。
内川: 最初のアリの店ですが、いざフタを開けたら営業許可が取れなかったんです。理由は物件のオーナーさんが亡くなってそのあと相続争いが始まっちゃったんです。内装も終わってとりあえずオープンして2か月くらい営業してたんです。でも、このままじゃ営業許可が出ないってことがわかって、アリの店は閉めて、いまあるトンローに行くことにしたのが今年の1月です。
ートンローへの出店を決めてからはどうでしたか。
内川: 物件を1月に決めて、準備も済んで、内装も8割方終わって、3月に入って、来週か再来週にはオープンだと思ってたところに政府から(新型コロナの感染拡大防止のための飲食店営業禁止の)命令が出てしまいオープンを延期せざるを得ませんでした。内装についても、あとは仕上げの段階だったんですけど、内装屋さんが工事に来なくなっちゃったんです。そこで、お店のスタッフはいるし時間もあるってことで、自分たちでやろうってことにしたんです。セメントの粉を買ってきてYou Tubeでコンクリートの作り方を調べて。壁とか、床とか、カウンターとかも自分たちで作りました。めちゃくちゃ時間かかりましたけどね。
ーお店をオープンできない期間はどうしていましたか。
内川: オープンの2-3週間前だったので、冷蔵庫も揃えてたし、食材なんかも買ってあったんです。キッチンは練習もしなきゃいけないので。その食材を、どうせ腐ったり使えなくなるんなら、宣伝のつもりで無料配布でお客さんに配っちゃおうって考えたんです。そこでストックの豚バラを使って角煮の無料配布を始めました。
ー角煮の無料配布ですか。
内川: これのおかげでいまがあるんです。食材があって一人でできることってなんだろうって考えて、豚の角煮にしたんです。一発目に130人前くらい作ったんですよ。それをTwitterで、「暇すぎて限界なので角煮作ります」って投稿をしたんです。そして朝見たらすでに100人以上から下さいって連絡が来てて「なんじゃこりゃ」って感じでした。最初、Twitterの仕組みがわかってなくて、自分の知り合いだけに伝わるのかと思ってたら、こんなに来ちゃったんです。材料足りないじゃんと思いましたけど、せっかくなので、その朝、近所の肉屋さんの豚肉を買い占めて、次の日から無料配布を始めました。
ー角煮の無料配布をやってみてどうでしたか。
内川: 最初は僕の暇つぶしになればいいやと思って始めたのですが、思った以上の反響に驚きました。一回目は自分が全部回ってお客さんに送料もなしで直接配ったんですけど、お客さんに、こんな時期にありがとうございますなど声をかけられたり、会話をすることができたりして励みになりました。4月に無料配布をやったあと5月にも300人分をやりましたが、さすがに一人でやるとパンクしちゃうと思ったので、二回目は調理する部隊、パッキングする部隊を作って、回るルートも午前中はプロンポンエリア、午後はトンローエリアとか、地図に書いて準備しました。
あと、お客さん以外にも飲食関係の同業者の方が、応援してくれたりしてくれたのも嬉しかったです。ブレーカのところが爆発して燃えたことがあったんです。頭が真っ白になって、このタイミングで店が燃えたら復活できないぞと思って、水をぶちまけちゃったんです。そしたら、もう一回爆発してみんなで店の外に出たんです。それで電気系統が全部だめになっちゃって。冷蔵庫も冷凍庫も使えない。中のものも全部ダメになっちゃうって時に、同業者の方が冷蔵庫を使わせててくれたんです。なんの得もないのに。
ー休業期間中には他になにかやっていましたか。
内川: 5月の無料配布が終わって、僕も疲れたのでゆっくりしようかなって思ってたところに、日本のお店のホームページを見たという方が、日本ではモツ鍋とか水炊きがありますが、そういうのはデリバリーしないんですかって言われたんです。日本のメニューにはありますが、タイでお店をオープンした時は、やってなかったんです。そこに、タイでいいモツを扱っている方がアプローチしてくださったので、モツ鍋と水炊きだけで、鍋のデリバリーをはじめました。
スープを2リットルくらいと、お野菜とお肉を入れたセットをモツ鍋が800バーツ、水炊きが700バーツで用意したんですが、毎日30セットくらい、3万バーツくらい売りました。アリのお店の売上げを超えてましたね。
お客さんの中には、毎週金曜日とか土曜日に届けて下さいってお客さんがいて、行くと家族全員が出てきてくれるんですよ。そこで今週あったことは何だったかなんて話を10-20分くらいしてるうちに仲良くなって、お店がオープンしたときも応援してくださって、SNSにもお店のことをアップしてくださったりしてくれるんですよ。だからスタッフにまかせないで自分で届けるようにしてました。これをトンロー店がオープンする1か月前の月末まで続けました。
ーそのあとトンロー店のオープンまでは何をしていましたか。
内川: 正式にオープンしたのは、僕の誕生日の7月1日なんです。ほんとはもっと早くオープンできたんですけど、それまでにお皿やグラスを買いに行ったり、オペレーションの確認、メニューをキッチンスタッフに教えたりとかの準備に1か月かけました。
ー7月1日のオープン後の状況についてお聞かせ下さい。
内川: オープンして4か月ちょっと経ちましたが、満席じゃない日が1日もないという状況が続いてます。僕自身も何が起こってるんだってぐらいです。平日も週末も関係なくその状況が続いてます。1日で7万バーツくらい売上げてます。ちなみに、アリの時は1日2万バーツくらいでした。9月までは定休日が水曜日だったんですが、お客さんを断りすぎていたので、僕は休みなしでいいからということで、10月からは定休日をなくしました。
ーお客さんの層はどのような感じですか。
内川: いまは日本人が95%です。駐在員の方が接待で使ってくれることが多いです。接待需要が減ってるという感じはまったくしません。そして土日にはその方たちが家族で見えることが多いです。なので土日は8割が家族連れですね。やはり接待ということで個室空いてますかというお客さんが多いんですが、いま個室が1部屋しかないんで、次のお店は全席個室にしました。いま家族で来られてるお客さんもお子様連れだと気を使われますから、なおさら個室が必要だと思います。
残りの5%はタイ人です。ほんとにお金持ちの方で、5人で来て2-3万バーツは平気で使っていくような感じです。うちはそんなに高いメニューはないんですが、日本酒をボコボコ飲んでいかれます。タイ人はお酒をあまり飲まないと言われるので、客席が少ないからそれで席が埋まっちゃうのはきついなと思いますが、いま来てくださってるタイ人のお客さんはそんなことは全然ないです。よく来るタイ人のお客さんで毎月福岡に行かれてた方がいて、いま福岡に行けないからここに来るって方もいます。ほんとに福岡の味だねとか、これ福岡の醤油じゃんとか喜んでくれてます。
ーすでに2号店の計画があるそうですが。
内川: 12月にスクムヴィットソイ26にお店を出しますが、そのタイミングで、トンロー店も含めてメニューもガラッと変えようと思います。内容としてはお酒を飲んでもらえるようなメニューを増やしたいと思ってます。あと、他のお店ではないようなメニューも加えていきたいです。
いま出しているメニューはプレオープン用のメニューなんです。アリのお店は煮込み料理とお刺身がメインだったんですが、けっこうメニュー数を減らしました。その時は日本人2人でまわしてましたけど、コロナのこともあり日本人スタッフを1人日本に帰したんですが、戻ってこれなくなっちゃって、それで、僕1人とタイ人スタッフだけでできるメニューを作ることになったんです。
ー今後の展開についてお聞かせ下さい。
内川: オープン4か月で新店舗出店ということになりましたが、そんなにバタバタ急ぐ必要もないと思ってます。いまは日本人のお客さんが多いですが、特にタイ人をターゲットにとかは考えてないです。客単価4000バーツの高級店とかにもしたくないです。僕は居酒屋がやりたいんです。フランクに喋ってガヤガヤして、そういうお店にしていきたいと思ってます。
ー本日はありがとうございました。
(取材=まえだ ひろゆき)