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編集長コラム

激戦区シンガポールの現在地。「金で解決」の時代は終焉、求められるのは「現地への没入」と「極端な価格戦略」だ

PROFILE

菅野 壮紀

菅野 壮紀(かんの たけのり)
APPLILAB SINGAPORE CEO 飲食業界向けITソリューションを提供するAPPLILAB SINGAPOREのCEO。 シンガポールを拠点に、東南アジアを中心とした世界の飲食トレンド、Food Tech、店舗経営の最前線を定点観測している。 現地のリアルな事情に精通し、日本の飲食企業が海外の知見を取り入れるための架け橋として活動中。 https://applilab.sg/


シンガポールの飲食マーケットを定点観測していると、この数年で潮目が完全に変わったことを痛感します。
かつて「リバーサイド」や「オーチャード」といった都心の一等地に店を構え、潤沢な資本を投下すれば勝てた時代は、もはや過去の遺物となりました。

現在、シンガポール進出を狙う、あるいは既に進出している日系企業の勝敗を分けているのは、単なる「資金力」ではなく、
「エリアの選定」と「ターゲットの純度」、そして何より「経営者の覚悟」です。

### 「都心飽和」が生んだ新潮流。日系飲食は周辺エリアへ

前回のコラムでも触れましたが、クラーク・キーやボート・キーといったリバーサイド周辺、および中心業務地区(CBD)の都心部は、現在「超飽和状態」にあります。
賃料の高騰に加え、供給過多による客の奪い合いは限界点に達していると言っていいでしょう。

そこで今、日系企業の注目を集めているのが、少し中心部から外れた「準都心・住宅街エリア」です。

タンジョン・パガー(Tanjong Pagar)
ビジネス街の顔を持ちつつ、高層コンドミニアムが立ち並ぶエリア。
ここ数年で日系飲食店がさらに密集し、もはや「リトル・ジャパン」の様相を呈しています。

パヤ・レバー(Paya Lebar)
東側の交通の要所として再開発が進み、ローカル層の購買力が非常に高いエリアです。

カトン(Katong)
古き良きプラナカンの街並みが残る高級住宅街。
欧米系エクスパット(駐在員)や富裕層のローカルが多く、落ち着いた食空間を求めるニーズが日系ブランドと合致しています。

これらのエリアに共通するのは、「生活者の顔が見える」こと。
観光客や出張者頼みではなく、地に足のついたリピーターをいかに掴めるかが、今のシンガポールにおける生存戦略の第一歩となっています。

### 二極化するマーケット。最も危険なのは「ミドルクラス居酒屋」

現在のシンガポール市場で最も顕著なのが、「消費の二極化」です。
中途半端な価格帯、いわゆる「客単価50~80ドル程度」のミドルクラスの居酒屋が、最も苦戦を強いられています。

一方で、勢いがあるのは以下の両極端なモデルです。

1. アッパー層向け(客単価100ドル超え)の「本格日本食」
「日本から直送される旬の食材」や「熟練の職人による技術」を売りにした、おまかせ(Omakase)業態などは依然として強い。
シンガポールの富裕層にとって、日本食は単なる食事ではなく「ステータス」であり「体験」です。ここには惜しみなくカネが落ちます。

2. ワーカー層・大衆向け(10ドル以下)の「ファストカジュアル」
労働者や学生、時間のないビジネスマンをターゲットにした低価格帯。
ここでは徹底したオペレーションの効率化が求められますが、ボリュームゾーンであるローカル層をガッチリと掴んでいます。

※現場からの警鐘:
「日本で流行っているから」「少しこだわりのある居酒屋だから」という程度の理由で、中価格帯で参入するのは自殺行為に近い。
シンガポールの消費者は、その価格に見合う「圧倒的な付加価値」があるか、あるいは「日常使いできる安さ」があるかを、非常にシビアに判断しています。



### 資本よりも「コネクション」。日本人が住んで、汗をかく時代

そして、今回の最も重要なポイントがこれです。「カネで解決できる時代は終わった」ということです。

一昔前なら、コンサルタントに丸投げし、現地のエージェントを使い、資金を投入すれば箱を作ることはできました。
しかし、深刻な人手不足、凄まじいスピードで変わるトレンド、複雑なライセンス認可……。
これらを遠隔操作で、あるいは「資本の力」だけで突破することは、もはや不可能です。

今、シンガポールで成功を収めている日系企業の共通点は、「責任者が現地に住み、コミュニティに深く入り込んでいる」ことに他なりません。

・地元のサプライヤーと密な関係を築き、良い食材を優先的に回してもらう。
・現地のインフルエンサーやコミュニティリーダーと直接繋がり、口コミの起点を作る。
・スタッフと同じ釜の飯を食べ、現地の労働感覚を理解した上でマネジメントを行う。

泥臭いようですが、この「現地でのコネクション作り」こそが、最大の参入障壁であり、最強の武器になります。
「日本食」というブランドだけで客が来るフェーズは終わりました。
これからは「〇〇さんがやっている店」「ローカルの友人が認める店」という、人対人の信頼関係が売上を支える土台となります。



### 結びに代えて

シンガポールは、もはや「手軽な海外進出先」ではありません。世界中のトッププレイヤーがしのぎを削る、世界で最も過酷なリングの一つです。

しかし、エリア選定を研ぎ澄まし、ターゲットを極端に絞り込み、そして経営者自らが現地に根を張る覚悟を持てば、まだ勝機は十分にあります。
「日本式」を押し付けるのではなく、現地の空気感にどれだけ深くコミットできるか。
シンガポールでの成功の鍵は、銀行の残高よりも、あなたの連絡帳の中身に隠されているのかもしれません。

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