さる11月12日、「ミシュランガイド・タイランド版 2020年」が発表された。タイでミシュランガイドが発行されるのは今回で3年目となる。掲載された店舗数は全部で281店舗。星獲得店でいうと、3つ星はなし、2つ星が5店舗、1つ星が24店舗の計29店舗。昨年の27店舗より2店舗増えたことになる。カバーするエリアも去年加わったプーケット、パンガン島に加え、今年はチェンマイも含むこととなり、チェンマイからは新たに50店舗が掲載された。
全281店舗の中で、日本食レストランは、ミシュランガイドのカテゴリーとして和食店と寿司店に分類されるが、前者が8店舗、後者が4店舗が掲載されている。星獲得店は寿司店の「銀座鮨一・バンコク店」が1つ星を獲得している。これ以外の内訳はビブグルマンが1店舗、ザプレートミシュランが10店舗。
ミシュランガイドの評価が絶対的なものであるとは言えないが、バンコクを代表するレストランとしてこれらの日本食レストランが評価されたと考えてもいいと思う。20年ほど前までは、日本食レストランといえば、日本人を対象とした居酒屋レベルのお店かタイ人向けの焼肉店、ラーメン店くらいしかなかったことを考えれば、隔世の感があると言わざるを得ない。
このミシュランガイドの日本食レストランの中で、同じ経営者の店が2店舗掲載された。一つは「地鶏料理 けん」いま一つは「炭火焼 源」だ。これらのお店を経営するのが今回紹介するMito Spirits (Thailand) Co., Ltd.の長田 謙一さん。長田さんは今から25年前の1994年に旅行会社の駐在員としてタイに赴任し、10年後独立。2年間の準備期間を経て2006年に自ら会社を起業し、今の「地鶏屋けん」の前身となる「地鶏屋けんぞう」を立ち上げた。
2006年といえば、前年に大戸屋1号店がオープンするなどタイ人の日本食に対する関心がだんだんと高まってきていたころ。しかし実際には、フジレストランやOISHIIブッフェなど、いわゆるファミリー向けの大型店が主流で、お店の雰囲気と料理をお酒と一緒に楽しむといったスタイルのお店はほとんどなく、あったとしても在住日本人向けの居酒屋程度でタイ人には入りづらいお店ばかりだった。
ータイで飲食店を始めたキッカケについてお聞かせください。
長田謙一さん(以下、長田): 最初にタイに来たのは、1994年、香港に本社がある旅行会社の社員として赴任しました。その後、タイに本社がある別の旅行代理店に転職しました。両社合わせて10年経った頃に、日本の地元である茨城県の水戸に帰った時に高校時代の友人が経営する地鶏のお店で話をしたんですが、そこで、彼がタイでお店を始めたいから一緒にやらないかと誘われました。そのお店が当時の日本で流行っていたちょっと照明を落として店内を暗めにした雰囲気で、東京にあるようなダイニングバーだったのです。当時、バンコクにあった日本食レストランは日本人向けの居酒屋が中心で、このような雰囲気のお店がなかったので、日本人向けにこのようなお店を始めたらウケるんじゃないかと思いました。
ーお店を始めたときの状況はどんな感じでしたでしょうか。
長田: 2004年に旅行会社を退職し、準備期間を経て2006年に会社を設立して、「地鶏屋 けんぞう(現在の地鶏料理 けん)」をオープンしました。当初から、味のクオリティも接客も徹底して日本レベルを目指しました、開店当初はほぼ100%駐在員のお客さんで、日本と同じようなお店ができたと評判になりました。
ーお店に来るお客さんは今でも日本人がメインですか。
長田: 「地鶏料理 けん」の方は、オープン以来ずっとほぼ日本人のお客さんだけでやってました。その頃は日本人以外の方がお店に来られても、メニューが焼き鳥しかない、寿司がないということで帰ってしまう方もいらっしゃいました。それが、7-8年経った頃から日本人以外の方が来られるようになってきました。いまでも日本人以外のお客さんは2割程度ですが、タイの情報誌「BK Magazine」に載ったり、タイの雑誌で紹介された頃からタイ人のお客さんが増えてきました。2012年にそれまで1階だけで営業していたのを2階に個室を多く作りました。それ以来日本人のお客さんはグループで個室を利用されて、1階は欧米人のお客さんだらけになることもあります。
逆に、「炭火焼 源」は、6割くらいがタイ人のお客さんです。こちらの店舗は駐車場があるので、現地の富裕層の方が多く来られます。日本人や観光客の方はほとんど来られません。お酒を飲まれるお客さんもいますが、タイ人の方はお酒の持ち込みが多いですね。
ー日本人とそれ以外のお客さんで違いはありますか。
長田: やはりタイ人のお客さんはお酒を飲まないですね。これは「地鶏料理 けん」でも「炭火焼 源」でも同じですが、料理を多く頼みます。なので、単価はよいです。利益率もよいと思います。客単価に関しては、お酒と料理の割合は別として、日本人もタイ人も大きな違いはないと思います。「地鶏料理 けん」で1,200-1,500B、「炭火焼 源」で1,500-2,000Bくらいです。たまに中国人のお客さんも来られますが、お酒も飲むし、料理も食べられるので、客単価はものすごく上がります。
ー2店舗目を焼き鳥業態から炭火焼業態へ変えた理由はなんですか。
長田: 立地の問題もあり、タイ人のお客さんに多く来てもらおうと、焼き鳥じゃなく炭火焼業態にしました。焼き鳥業態をやっていて気づいたのですが、日本人とタイ人のお客さんでは求めているものが違うんです。タイ人の方は鶏だけじゃ満足できないんですね。食材ロスを考えたら鶏だけの方がいいんですが、実際に来られるタイ人のお客さんは圧倒的に和牛を頼まれます。魚介類はやはりギンダラとかカラスガレイなど西京味噌漬けなどの脂の乗ったものが出ます。あとはマグロが人気です。
ー2店舗目をオープンしたあとの状況はどのようでしょうか。
長田: 2016年の4月にお店を開けましたが、正直言って2年前までは厳しかったですね。ちょうど契約更新の時だったので、お店を閉めようかと考えたこともありました。でもその時にミシュランガイドの2019年版に載ることが決まったんです。それが大きかったですね。2018年の11月の発行で、次の年の1-2月は売り上げが30-40%くらい増えました。それに救われた感じです。これがあって契約更新の交渉もうまく進みました。出ていってもらっちゃ困るという意識に変わったんでしょう。相変わらずタイ人のお客さんがほとんどですが、安定して来てもらえるようになりました。ランチも今年始めましたが、日本人とは違い、タイ人のお客さんはランチ時にアラカルトも多く頼むので単価が上がっています。
ーミシュランガイドに載った理由は何だったんでしょうか。
長田: よくわからないですね。ミシュランの方の説明によると、1年目は細々と始めるつもりで掲載店数も少なかったけど、2年目からは大幅に店舗数を増やしたということでした。
ー最近の日本食レストランの経営者の方は郊外志向が強いですが。
長田: 私の場合はやりたいことが逆だと思います。お店を大きくしたいのではなく、小さいお店でもやりたいことをやりたい、30席程度の小さいお店でこだわってやりたいと思っています。そういった意味で、外国人のお客さんが来る場所がいいですね。
ー今後に関してですが、新たな計画、展開などはありますか。
長田: 「炭火焼 源」に関しては、アソークやチットロムのような中心部に移転して、外国人も日本人のお客さんも来やすいところで始めたいですね。エカマイという立地だとどうしてもお客さんがタイ人に限られてしまい、コンスタントな集客が難しいので、いろいろなお客さんが来れる所が良いと思っています。「地鶏料理 けん」の立地では予約なしでも20-21時の時間帯にどんどんお客さんが来ることがありますが、エカマイだと予約以外のお客さんはほとんど来ないですからね。今後3年で出せたらと考えています。
ー今後のご活躍を楽しみにしております。
本日はありがとうございました。
(取材=まえだ ひろゆき)