シンガポールに着いてまず驚かされるのは、商業施設の多さとスケールの大きさ。どの駅からも商業施設に出られ、2階や地下で繋がった通路を歩くと次から次へと商業施設に抜けられる。まるで迷路のようでもあるが、グルメレポーターの彦摩呂さん風に言えば、街全体が「まるで商業施設の宝石箱や~!」である。まず、東京でいえば銀座通りにあたるオーチャード通りに集中している巨大なショッピングセンター群。「アイオン・オーチャード」「イセタン・オーチャード」「シンガポール高島屋S.C.」「マンダリン・オーチャード」が並ぶ。これらのビルの中には日系のレストランやフードコート内ショップがいくつも入っている。アイオンに入っているブランズ(深見浩一社長)の「炎丸」やマンダリンの「一風堂」は絶好調といわれている。新鮮な鷄や魚を食べられる日本食やラーメンはシンガポール人の間で高い評価を受けている。ラーメンはだいたい一杯12~15SGD(1シンガポールドル約75円として1,000~1,200円)もするが、人気店は常にフル回転状態。フードコートでは、サントリーの子会社がFC展開している「ペッパーランチ」が大人気で、シンガポールだけで36店舗もある。日本とは違って変わり種メニューとメニュー数の多さがシンガポール人にはウケるという。
シンガポール進出にあたって、多店舗展開やブランドづくりを狙うなら、やはりこうした名のあるディベロッパーの商業施設に出店することだろう。しかし、当然のことながら家賃は高いし、出店のハードルも高い。空き物件も少なく、現地に人脈とネットワークのあるパートナーやコンサルタントと組む必要がある。経験の浅い相手と組んで、集客力の弱い商業施設に出て失敗しているケースも少なくない。日本勢での商業施設出店の成功例としては、回転寿司の「活け活け丸」(ヘンリーブロス、江嶋力社長)や「塚田農場」(エー・ピーカンパニー、米山久社長)が代表的だ。「活け活け丸」はシンガポールで日系人に支持されているスーパーの明治屋が入った「リャン・コート」に出店した。日常的に在留日本人が利用する商業施設に回転寿司を出した狙いは当たった。同店の魚は、日本の漁港から直接空輸で届く新鮮なもの。在留邦人のみならず、そのクオリティはシンガポール人にもすぐに伝わり、たちまち人気店になった。江嶋さんは、日本の多くの契約漁港から届く鮮魚の商社・江嶋屋を持っており、魚の輸出ビジネスにも力を入れている。「活け活け丸」はそのアンテナショップでもある。
シンガポールに進出してからわずか2年3カ月で、魚の卸先は五つ星ホテルを含め36にのぼるという。江嶋さんは、一切エージェントを通さず、100%独資で「活けいけ丸」と高級和食(街場のロバートソン・キーエリア)の2店舗を立ち上げ、成功した。シンガポール証券取引所上場も視野に入れ、魚ビジネスを軸にクオリティの高い”メイド・イン・ジャパン”を海外に売って行く六次化商社を目指している。シンガポールはそのためのとっかかりであり、ホールディング会社を設立し、M&A戦略も計画中。シンガポールに出店するメリットとしては、
- 1、100%独資の現地法人を設立できる
- 2、法人税が17%と安いうえ、税制優遇策も多い
- 3、飲食店は10%のサービス料を当たり前に取れる
- 4、ラーメンはじめ、日本食人気が高い
- 5、値下げ競争がない。中身がよければ、強気の価格も出せる
一方、デメリットとしては、
- 1、家賃、人件費が高い
- 2、日系飲食店はすでにオーバーストア状態にある
などを挙げることができよう。江嶋さんは、「ハイエンドの消費者が多く、付加価値の高い商品を売るには最も適した都市」と言う。シンガポール人は外食がメインの娯楽であり、「いいものは高くても選ばれる」マーケット。家賃、人件費の高さを原価の低さと客単価の高さで吸収できるのだ。サービス料10%も原価のかからない収益になるので侮れないメリットである。
きめ細かいマーケティングと出店立地戦略で成功しているのは、エー・ピーカンパニーの「塚田農場」。1号店を出したのは、ファッション、飲食、大型スーパー、映画館まであるシンガポールローカルで賑わう庶民派のショッピングセンター「プラザ・シンガプーラ」。物販では「ユニクロ」「GAP」や2$ショップの「ダイソー」も入っている。ここの5階のレストラン街に40席ほどの小さな「塚田農場」がある。ランチは地頭鷄のコラーゲンスープを使った「鷄そば」がメイン、夜はその旨味たっぷりのスープに鶏肉、海鮮、野菜が入った「美人鍋」が売り。日本の「塚田農場」とはかなり違った業態だ。日本の店の代表的なメニューである「地頭鷄の炭火焼」は、日本の同社養鶏場から鶏肉を輸出することができない。しかし、加工センターでつくった地頭鷄スープなら冷凍して持ち込める。苦肉の策だが、それを逆手に取ってシンガポールローカル、とくに美容や健康に敏感になっている女性客をターゲットに絞った業態で勝負した。それが見事に当たり、「塚田農場」は開店から閉店まで行列客が絶えない店になっている。ランチの「鷄そば」は、シンガポールで豚骨系が主流だったラーメントレンドを変えたとさえいわれている。ちょっとしたブームになっていた。
こうした日本のクオリティを軸に、「ローカライズすること」が飲食店で成功する秘訣だと言うのは、エー・ピーカンパニーの商品開発責任者の里見順子さんと一緒に1号店のMDを考えたという植村稚子さん。植村さんは、ミュープランニングの故・吉本隆彦社長の下で海外戦略を担当、10年前からシンガポールに在住するコンサルタント。ローカライズとは現地の人に味を合わせるのではなく、ローカルが求めていることを先取り、日本ならではの高いクオリティをキープしながら新しい商品やサービスを提供していくことだ。すでにレストランのレベルは高い。そこに新しい付加価値をもったハイクオリティなコンテンツをクリエイトすることがこれからの課題だろう。「塚田農場」のヒットは、まさにそれを証明したといえよう。「塚田農場」2号店はチャイナタウンエリアの入り口に建ったばかりの商業施設「チャイナタウンポイント」にまもなくオープン!ビルの外窓側に「美人鍋」の大きなロゴが目立つ。またまた大ヒット間違いないだろう。
一方、街場での飲食ビジネスはどうだろうか。いまシンガポールの街場の人気スポットになっているのは、マリーナ・ベイにつながるシンガポール川沿いのリバーサイド。そのなかで、日系レストランやバーが集まるのが「ロバートソン・キー」エリア。そこに広がる飲食街「ロバートソン・ウォーク」には、江嶋さんの「黒尊」や高級和牛レストラン「矢澤ミート」、焼き鳥の「酉玉」、日本酒スタンディングバー「折原商店」などが軒を連ねる。この一角にはバンコクでも大ブレイクしていた「ワインコネクション」がある。ちょっとびっくりしたのが、「折原商店」の人気。ローカル客で賑わい、日本酒で乾杯する姿が印象的だった。ワインと並び、日本酒専門店もシンガポールで受け入れられるのではないかと思う。ただし、まだ関税が高く、グラス一杯10$以下では提供できない。街場好きの飲食店オーナーはこのエリア周辺をまずリサーチし、出店候補にあげるべきだ。しかし、なかなか新規物件は出てこないのが現状。リバーサイドには、欧米人の集まる川沿いバー街「ボート・キー」とローカルの若者が集まる「クラーク・キー」のエリアもある。「ボート・キー」には居酒屋「てっぺん」出身の矢野潤一郎さんが「型無」シンガポール店を出して話題になっていた。
さて、今後のシンガポールの新しい有望エリアはどこなのか。シンガポールだけでなく、アジアで商業施設を展開するほとんどの大手ディベロッパーとネットワークを持っている植村さんは、新都心として開発中の中心街から西にタクシーで20分ほど走った郊外の「ジュロン」に注目している。ここは政府系のシンガポール最大のディベロッパーであるキャピタランドがすでに商業施設を建てており、年内にはさらにもう一本の商業施設「ウエストゲート」がジュロンイースト駅前にオープンする。そこに「塚田農場」3号店、「活け活け丸」2号店が出店する予定。キャピタランドグループの本社もこのビルに引っ越してくる予定で、いま最もシンガポールで注目されている物件だ。中心街はすでにオーバーストア状態なので、今後はこうした新都心開発に目を向けるべきかもしれない。シンガポール政府は、2030年までに現在の人口540万人を780万人に増やす計画だ。それに伴い、西側には「ジュロン」、東側にはチャンギ国際空港の北に広がる「タンピネス」も新都心として開発を進めている。さらに、鉄道網のMRTを東京並みに拡張。徒歩1キロメートルで隣の駅に行けるような過密な交通網をつくる予定。中心街からちょっと離れた高級住宅地として注目されているホランド・ビレッジに、植村さんは自分のバーを開いた。すごくオシャレなバーで地元の若者たちで賑わっていた。今後、新しい交通網が外側に広がれば、こうしたニュースポットが生まれてくるに違いない。「伸びしろがない。広げようとしたら海に落ちるしかない」といわれるシンガポールだが、まだまだ可能性はあるといえるだろう。
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